死にたい私の生きる場所

生きづらさを共有したい。何の生産性もない日記。

死にたい私と音楽

音楽を純粋に楽しめていたあの頃に戻りたい。

音楽は昔から好きだった。幼い頃から、ピアノを習っていた。小学生の時、合唱部に入った。歌うことが好きだった。楽しかった。
高校からは新しく楽器を始めた。それは趣味レベルの稚拙なものだったけれど、集団で楽器を奏でる未知の世界を知った。歌詞のない音楽が好きになった。
大学でもジャンルを変えて、楽器を続けた。楽しいことばかりではなかったけれど、技術的に成長を感じられた。高校より密接に築けた関係も、楽しかった。
社会人になった今も、楽器は続けている。楽団では再び新たな関係が広がって、楽しかった。学生時代のノリで一生懸命練習して、本番楽しんで、食事や遊びにも行って。充実していた。

…社会人になってから、仕事で音楽に携わるようになった。前に立つことが求められた。初めは楽しかったのかもしれない。今ではもう忘れてしまった。音楽の勉強を始めるようになって、知識が増えるにつれて、音楽の楽しさが遠のいていった。初めにそのジャンルの音楽を聴くことが苦痛になった。そこから逃げるように、歌詞のある音楽や、ゲーム音楽(BGM)、ボーカロイド楽曲などを好んで聴いた。
身体を壊してから、次第にどんな音楽も身体が受け付けなくなった。好きな音楽が聴けなくなってしまったことは苦痛だった。絶望だった。自分のストレス発散方法がひとつ潰えてしまったような感じがした。そのうち、音自体を受け付けなくなった。テレビさえも見られない。1日を延々と寝て過ごした。ただただ悲しかった。

仕事で音楽から距離を置くようになって、少しずつ音楽を聴ける状態に戻ってきた。特定のジャンルを聴く元気はまだ無いけれど、好きなものが自分の手元に戻ってくる感覚は素直に嬉しい。昨日は楽器も吹いてみた。先週まともに読めなかった楽譜が、少し読めた。嬉しい。
早く、早く仕事での音楽を手離したい。そうしたら、私は元の私に戻れるような気がする。音楽が好きだと胸を張って言えた、音楽を楽しめたあの頃に戻れる気がする。